向こう岸

最近はもっぱら同人イベントの参加記録

きょうかい

初出:2007年12月30日(コミックマーケット73)発行「涼宮ハルヒの科幻」


今からする話は、ある日の放課後の平和なちょっとしたエピソードである。もっとも、この平和というのはあくまで俺個人にとってのことであり、考えようによっちゃあなかなか物騒な話でもある。
その日、やっとのことで授業から開放された俺は部室に向かった。同じクラスである都合上、大抵の場合はハルヒと俺は同じタイングで部室に現れることが多い。が、本日ハルヒは掃除当番とのことで珍しく別々の移動と相成った。朝比奈さんは、ホームルームが長びいているのだか何だかで遅れているのだろう。古泉もまあ似たようなところだと思われる。ということで、たどり着いた部室には、授業中ですら部室にいるのではないかと思われる長門がいつものように本を読んでいるだけだ。もっともハルヒのことであるから、速攻で掃除を終わらせてすっ飛んでくるに違いない。残りの二人も、ホームルームが済み次第さっさとやって来ることだろう。他にすることはないのだろうか。
そんな二人だけの部室で、俺は珍しく自発的に長門との会話を試みてみることにしたのである。会話というよりもこちらからの質問だ。今思えば、この時こんな質問をしなければ余計なことを知ることもなかったんだがな。長門、朝倉、喜緑さん、そして親玉は違うが九曜と、宇宙から来た何とかインターフェースというのは随分と俺の身の回りに現れている。それに長門の親玉は俺たち人間には以前から興味を持っていたらしいじゃないか。じゃ、以前もお前みたいなやつが他にも来てたんじゃないか?
「最近はない」
長門は本に目を走らせたまま答える。その言い方は、もっと昔はいたってことだな。
「一例は、この惑星の暦で表せば二千年ほど前」
そのときになんか面白い出来事でもあったのか?
涼宮ハルヒほどではないが興味深い個体が生存していた」
興味をそそられた俺はさらにその時のことを聞いてみることにした。まったく、好奇心は猫をも殺すのである。
「その観測活動では少々問題が発生した」
ふむ、長門たちの能力を見ていると万能という印象があるが、トルルとクラパウチュスみたいに意外と失敗が多い連中なんだな。
「任意の観測は観測対象に影響に与える」
そういえば、勉強会のとき、ハルヒに物理かなんかのややこしい話でそんな内容を聞かされたことがあった気がする。
「だが、あまりに大きな擾乱を与えた」
「うっかり」
その大きな擾乱とやらは一体どんなことなんだったんだ?
「そのころの人類文化は今よりもさらに未熟」
「我々の人類に対する知識も不足していた」
情報統合思念体とそのインターフェースについての説明が当時の彼らに誤解を与えた」
なるほど、二千年前じゃSFなんて大層なものはなかったからな。俺も最初あのマンションで長門の正体について話を聞いたときは、雲門との禅問答なみに途方にくれた。
「さらに、当時のインターフェースは統合思念体との接続論理距離が近すぎ、隔離が不十分」
「そのため、観測対象や周囲の個体に統合思念体との接触が生じ過大な精神干渉を与えた」
どこかで聞いた話だ。そうだ、長門に一目ぼれした中河みたい奴が前にもいたってことか。
「そう」
中河のまるで何かに取り付かれた様子を思い出すに、あんな状態の人間が大量に出たという状況は考えるに恐ろしい。あの時は寒い中いろいろ大変だった。そんなのがたくさん出てきた日にはどれだけ面倒なことになろうというものか分かったものではない。そういえば中河は長門のことを天使とか女神とか言っていたな。まるで長門を祭った宗教でも始めそうな勢いだった。
……その時、宗教という言葉が浮かんだ瞬間、俺は頭の中でこれまでの会話で出てきた単語が結びつき始めるのを感じた。超越的存在が人間に似た姿を作り出してコンタクトを取る。SF以前にどっかで聞いたような話じゃないか。あまり考えたくない、ややっこっしい方向に思考が向かっていきやがる。スケールの大きさに頭を抱えたくなる話だ。俺のそんな様子を見てか長門が顔を上げる。
「あまり詳細は聞かないほうがいい」
長門の言う通りだ。
「そうだな」
自分の想像が真実かどうかは確かめないほうがいいだろう。いろいろと。
ここでこの会話は打ち切られ、ほどなく掃除を終えたハルヒが部室に飛び込み、朝比奈さんと古泉も出揃って、いつものSOS団活動が始まった。
やれやれ、思わずとんでもない話を聞いてしまったもんだ。質問をするにももっと考えてからする、というのがこの経験から得られた教訓である。